こんにちは、京都ヒトマナビカフェの高田亜紀子です。

日本全国、冷蔵庫のような週末です。京都市内は、晴れているものの、

かなり冷え込んでいます。

出かけるのも躊躇してしまいますよね。。。。。

そんな中、昨日「現代京都書作家展」に行ってきました。

お世話になっている方から招待券をいただいたので、寒いだなんて

言っていられません。

書道は小学校、中学校時代を中心に約10年、最近3年ほど習っているので、

「書き初め展」のようなものは、自ら出展したこともありますし、

馴染みがあるのですが、「書展」に足を運んだのは、初めてでした。

・・・・ということに、会場で初めて気付きました。

表現のすばらしさ

規定の用紙に、決まった題字を書いて出展する「書き初め展」のイメージを

持って会場に足を運んだところ、あまりにも想像と違っていて、衝撃を受けました。

長い間慣れ親しんでいると思っていた「書道」は、表現のほんの一部にしかすぎないことを

改めて実感しました。

私は、今まで楷書・行書・草書を習った経験がありますが、かな文字や隷書、篆書については

存在を知っているぐらいで、筆の運び方などは、全くわかりません。

かな文字に至っては、全く読めませんでした(笑)

掛け軸型の作品もあれば、額におさめられた作品もあり、大きさは千差万別。

また、作品が書かれた紙の色も、白ではなく、淡いピンクだったり、若草色だったり、

少し情熱的なオレンジだったりと、私の固定概念が一気に崩されました。

「書」自体の内容(文面)を味わうのはもちろんのこと、この方はどうしてこの大きさ、この色の

紙を選んだのだろうか、どうしてこの筆を選んだのだろうか、どうしてこの書体で書いたのだろうか。

どうしてこの墨の濃さ(薄さ)にしたのだろうか。

作品を見れば見るほど、「どうして」が溢れてきました。

 

そして、書道は「書き直し」ができません。一発勝負。

1回に全身全霊の思いを込めて、作品を仕上げるという世界です。

1つ1つの作品は、作家の想いが掛け合わさって仕上がった真剣勝負の結果だと思うと

言葉にしにくい、感激の想いがこみ上げてきました。

 

 

長年習っていたと思っていましたが、全然書道のことを知らなかったことを、

非常に恥ずかしく思いました。

自らの意志・決意などを表現する方法の面白さが詰まった書の道、書道。

改めて、書道をもっと学びたいと思いました。